NU'EST W-Ren solo『나, 너에게』解釈/僕は君に、君は僕に一体何を求めたのか。

 さて今回のNU'ESTクンのアルバムにはソロ曲が収録されたわけで、れんぴさんことレンくんのソロ曲の解釈をぼちぼち書いていこうとしているわけですが。なんとまた死亡解釈です。今回れんぴさんは「哀」というテーマを引き受けて歌詞を書いたというのを見たので、それを意識しつつ、前回のソロ曲『Paradise』も頭にちらせつかせながら歌詞について考えていたら、どうしても主人公たちが死んでしまいました。私が死ネタ好きだからでしょうか。皆さん!皆さんもどうか解釈を書いてください!私はもう死ネタ好きフィルターがかかった解釈しか書けないです。でもどうやっても死んでいるのです。

 今回参考にさせていただいた和訳記事はこちらになります→

【和訳/歌詞/カナルビ】NU’EST W - 나, 너에게(ナ、ノエゲ) (REN SOLO) 僕、君に

 

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いつの間にか沈んでいく夕陽
僕の心はか弱い速度で大人になり

  これは君が死んでから時間が経ったことを現している。夕日が「いつの間にか」沈んでいるのは、君が死んだ悲しみで僕はボーっと生きているのか。それとも気を紛らわせるために他のことをしたりして、1日の時間が過ぎるのが早いことを言っているのか。

 2行目では僕は本当に少しずつだけど、君の死を受け入れようとしたことが伺える。

 

いつの間にか寂しさで僕は
僕を失った心が彷徨い

  「僕を失った心」ということは心は存在するが、「身体」は存在しないということだろう。つまり君を失った寂しさで僕は死んでしまったのだ。その心はなぜか彷徨っている。どこを彷徨っているのだろうか。この世なのか、あの世なのか。それはまだ分からない。

 

悲しみで眠りについた時
その時 その時
この歌の中で僕らを探して

 ここでの眠りは「死」を意味するだろう。だが「この歌の中で僕らを探して」というのがよく分からない。曲の歌詞をあの世と表現しているのだろうか。上の歌詞とも合わせて、あの世で僕の心が彷徨っているからそれを探してくれということだとすると、僕「ら」というのはおかしくはないだろうか。

 

息を吸える理由
君だよ 君だよ 君だよ

喉が詰まってきても
君が喜びだから不幸なんかじゃない

 1行目の「息を吸える理由」=「生きる理由」ということだろう。つまり生きる意味は君だということだ。2行目の「喉が詰まってきても」=「死にそうになっても」ということで、君がいるところに行けるなら死さえも喜びだから僕は幸せだ、ということを言いたいのだろう。

 

ずっと掴んでいた
悲しみも脱ぎ去ってみたら 薄かったんだ
Oh- Oh-

  この流れで行くと「悲しみ」は「君を失ったこと」だろう。君を失った悲しみに耐えながら生きてきたけど、その悲しみを捨てて自殺を試みたら案外楽だった、というところだろうか。

 

未練たらしく離せず
現実によって傷付いたキズもそのまま

 死んだ君を忘れられず、「君が死んだ」という現実で傷ついた自分のまま死んだ、ということだろうか。

 

私はあなたがいて幸せ
そう言ってくれるなら辛くないだろう

 Paradiseのときもそうだったが、僕は結構独りよがりだ。「私はあなたがいて幸せ」と言ってくれたら僕は辛くないと、君の意志は無視して哀願している。

 

僕を失った心は彷徨い
悲しみで眠りについた時

その時 おー その時
この歌の中で僕らを探して

息を吸える理由
君だよ 君だよ 君だよ

喉が詰まってきても
君が喜びだから不幸なんかじゃない

ずっと掴んでいた
悲しみも脱ぎ去ってみたら 薄かったんだ
Oh- Oh-

 ここまでは歌詞があまり変わらないので一旦置いておく。そしてラストに入る。

 

この世界で 僕にとっては
いつも君から幸せだから
不幸じゃないって言って Wuh

 ここで一度Paradiseの話をしよう。私はParadiseでれんぴさんは死も幸福として受け取ることができる人と言った。そして結果的にあの曲の登場人物たちは「幸福」で曲を終えたと私は解釈している。そんな歌詞を書いたれんぴさんがこの曲で「死」そのものを哀しいものとして扱うとは到底思えないのだ。しかも僕は自分が死んでも君がいるなら喜びになると歌っている。れんぴさんは一体どこに「哀」を含ませているのだろう。

 もしかすると、哀しいのは「君」の方ではないだろうか。

 君は何かしらの理由で死んでしまい、だが僕には生きていて欲しかった。でも僕は寂しさに耐えられず自殺してしまう。そして彷徨った結果、天国で君に出会う。そして言うのだ。「僕にとって君といることが喜びだから、幸せだから、君も不幸じゃないと言って」と。自分が死んでしまったせいで、自殺をした僕。君にとって僕が自分のいるこの世界(天国)にいることが哀しいのかもしれない。

 

 …というのが一通りの私の解釈だ。果たして君は「不幸じゃない」と言ってくれるのだろうか。僕の自殺を、また一緒にいられると喜びに変えることができるのだろうか。だから僕はずっと独りよがりだったのだろう。君にとって僕の死は、天国での再会は「哀」なのだ。生きていてほしかったのだ。

 「悲しみで眠りについた時 その時 その時 この歌の中で僕らを探して」の部分はまだ考える余地がありそうなので、しっくりくる解釈が出次第追記することにする。

 

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 どうでしたでしょうか。正直まだまだな部分もたくさんあるんですが、早く書きたくてとりあえず一度バーッと打ってしまいました。つまりは寂しさで自殺した僕に君が「なんで自殺したの?!」と哀しんでいる…ということです。今回は「死」を幸福と思う人、不幸だと思う人がどちらも登場し、なんというか、れんぴさんはすごいと思いました。どちらにも寄り添っててすごいです。

 れんぴさんの考える歌詞は私のツボです。創作意欲も沸かせてくれます。ありがたいです。もっとたくさん歌詞を書いてほしいです。君が死を肯定するたびに私は救われます。ありがとう。

 そして異論反論・誤字脱字報告、いろいろと受け付けております!私自身まだ不完全だと思っているので再編集する可能性しかありません。だってParadiseでもまだまだ考えられそうなんですから!

 ここまで読んでくださりありがとうございました!ではでは!