やはり青春時代をボーカロイドで過ごしたのがいけなかったのだ。

※この記事は2018.8/12にpass付きのブログで公開したものを再編集し、投稿しています。※

 

 ボカロPとして有名なNeru/押し入れPがこんなツイートをしていた。

  このツイートを見たとき、ふふっと笑ってしまった自分がいる。これは聞き手側も一緒だと私は思っている。

 中学生の頃に「なぜ私は西野カナの歌詞を理解することはできないのに、ボカロは楽しむことができるのだろう」と考えたことがあった。その考えの結論としては「作り手側に理由がある。インターネットで音楽を作っている人たちは基本オタクだろうし、同じオタクの私が楽しめて当然。そら、オタクじゃない人がオタクじゃない人に向けて作った曲を私が楽しめないのも当然」だった。私はこれをすごい大きな気付きだと自分で自分をすごいと思っていたが、結構当たり前のことなんだと思う。

 私は現代のオタクとして当然のようにボーカロイドというインターネット音楽を聞いて中高を過ごし、今この文章を打っている瞬間のBGMもボカロだ。

 高校に上がる頃にはある程度好きな作り手・ボカロPが定まっていて、よくその人たちの曲を聴いていた。私はNeru、みきとP、石風呂氏が特に好きだった。

 一人ずつ有名な曲を紹介していくと、Neruは「東京テディベア」、みきとPは「いーあるふぁんくらぶ」や「サリシノハラ」、石風呂は「ゆるふわ樹海ガール」などがある。もしかしたら私が有名だと思って挙げたこの曲たちも最近の視聴者からしてみれば古くて、代表曲じゃなくなっているかもしれない。

 私の中の3人の共通点は歌詞が「捻くれている」ことだ。これは気付いたらそうだった。別に3人以外の曲も聴いていたし、好きなものもたくさんあったけど、CDを買ってヘビロテしたり古い曲も漁ったり新曲にワクワクしたりしたのは特にこの3人だったなーと思う。

あんなに好きなお笑いも 
人生変えた音楽でさえ 
何故に僕の事を否定するの

  これはみきとPの「小夜子」の歌詞の一部だ。私は中3の頃、この歌詞が大好きだった。「なんか、分かる、そーゆーとき、あるよね!」みたいな気持ちにさせられた。中3の私アホだな。でも私じゃ「なんか」としか言えない気持ちを言葉にしているのがすごいと思っていた。歌詞も曲もタイトルも全部好きだった。

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 聴いてもらうと分かるのだが、これはちょっとメンがアレな少女のことを歌った曲だ。そんな曲に「なんか、分かる!」とか思っちゃってる時点で、アウトなのだ。オタクな人/オタクじゃない人の「オタクな人」に分類されてしまっていたのだ。悲しいことである。

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 私はナポリの男については全くの無知なのでそこら辺については言及しないが、このツイートが流れてきたとき、ニンマリしてしまった。「あの」米津玄師が、もう「ハチ」として戻ってこないであろう「あの」米津玄師が、キヨ、まふまふ、Eveというメンツと遊んでいるのだ。これでニンマリしないオタクはいるのだろうか。なんだか私は米津氏が一般人に浸透すればするほど、ニコニコ動画に戻ってきたがっているように感じてしまった。結局「こっち側」の人間なんだなと思ってしまったのだ。オタクはなってしまったが最後。オタクではない人には戻れないのである。

 少し前に会った友達に某桜の曲がヒットした歌手の歌詞がとても良いと勧められた。それは自分を育ててくれた家や親に感謝の気持ちを歌っていたり、自分の人生を迷わずにまっすぐ進もうぜ的なことを歌っていたりした。どうやっても私には合わない曲だと思う。なんせNeru氏の言葉を借りるとオタク活動を好き好んで選んでいる人の作った曲で青春時代を過ごしたのだ。中3をメンがヘラっているオンナの曲で感動して過ごしたのだ。合う気がしない。

 まぁここまでダラダラと書いてきたわけだが、結局何が言いたいかと言うと「私の将来の夢は普通の人になることだけど、その一歩として普通の人が聞く曲を理解した方が良いはずなのに理解ができないからどうしよう」ということである。(そうなの?!)

 さてじゃあここで生まれる疑問として「普通の人とは一体どんな人なのか」というものがある。私にとっての「普通」は……なんだろう……死にたいと思うけど死ねない自分に嫌気がさして泣いちゃわない人とかかな………。自分でもよく分からないな……。だけどとにかく自分が思う「普通じゃない」部分を打破したいのだ。

 私がこんなになってしまったのは本当に青春時代にこの人たちの曲を聴いていたからなのだろうか、それとも未だに「人とちょっと違うアタシ」をかっちょいーとか思ってしまっているのだろうか。というかボーカロイド自体「人とちょっと違うアタシ」を演出するには有名になりすぎているかもしれない。

 自分のことが分からない。理解ができない。でもきっとこれからも某桜の曲がヒットした歌手の曲は理解できないし、Neruの曲を爆音で聞くし、みきとPの新曲には心を打たれるし、石風呂の曲のネクラさには笑い続けるのだろう。

ただ最後にひとつ、これだけ言っておきたいな

浮かれた大学生は 死ね

 言われる側になっちゃった。